「さぁて、飯所はと……」
 倉田廷を後にし、俺は飲食店を探し、街に繰り出していた。先程あゆが鯛焼きを抱えて走ってきたのだから、その先には何かしらの飲食店があるのだろう。そう思い、俺はあゆが特攻して来た交差点に入ることにした。
 交差点の先には何軒かの飲屋があった。こんな昼間から酒を飲む気はしないので、構わず先に進んだ。
 暫く歩くと、広い場所に出た。辺りを見回すと、右手に駅が見えた。
「この際駅蕎麦でも構わんか……」
 下手に飲食店を探すよりは確実だろうと思い、俺は駅の中へ入ることにした。
「あっ、祐一〜」
 駅の方へ足を向けたら、名雪の声が聞こえて来た。後ろを振り向くと手を振っている名雪の姿があった。俺を手招いているのだと思い、俺は名雪に近付いて行った。
「こんな所で会えるなんて、奇遇だね」
「ああ。で、隣にいるのは?」
「紹介するよ。わたしの友達の美坂香里みさかかおりだよ」
 名雪の紹介した女性は、長いウェーブのかかった黒髪を蓄えていた。
「話は名雪から聞いているわ。よろしく、相沢君」
「ああ、こちらこそ、美坂さん」
「香里でいいわよ」
「じゃあ俺のことも祐一で」
「あたしは遠慮しておくわ、相沢君」
 そんなこんなで以後俺は香里に「相沢君」と呼ばれることが決まった。
「ところで、名雪。この辺りに美味い飯が食える店はないか?」
 話を変え、俺は名雪に駅前に良い飲食店があるか訊ねた。
「安くて美味しいラーメン屋さんなら、駅裏にあるよ」
「駅裏か。どうやって行くんだ?」
「駅のお手洗いの隣に地下通路があるから。そこを通ってしばらく歩くと見えてくるよ」
「そうか、サンキュー。じゃあ、また後で」
 俺は名雪に軽い礼を言い、駅裏にあるラーメン屋に向かって行った。



第五話「キングオブハートと名雪の幼馴染み」


 名雪の話に従い歩いていると、いかにも老舗という感じのラーメン屋が見えて来た。中はそれなりに盛況で座れるかどうか不安だったが、何とか座ることが出来た。
 一息つき、壁に掛かっているメニュー表に目をやる。一番安い支邦蕎麦が350円だった。普通ラーメンといえば最低でも400円はするのだから、確かにこれは安い。後は味といった所か。
「あの〜、すみません。お隣宜しいでしょうか?」
 そんな時、か弱い男の声が聞こえて来た。声の方に目を向けると、そこには眼鏡を掛けたいかにも気が弱そうな少年の姿があった。
「ああ、別に構わない」
 店は混んでいるようだから相席も仕方ないだろうと、俺は快く承諾した。
「どうもありがとう。ジューン、いいって〜」
 眼鏡の少年が声をかけると、対照的に爽やかで体格の良い青年が近付いて来た。
「おっ、いいってか。いや〜、申し訳ない。こう混んでると相席するしかなくて」
「別に構わないって。困った時はお互い様って言葉があるだろ?」
 青年の方は喋り方も眼鏡の少年と対照的で力強い口調だった。何となくドモン=カッシュを思い起こさせる声である。
「で、お宅さん。どっから?」
 席に座ると、早速青年の方が声を掛けてきた。
「橋を越えた東側から来た」
「じゃあオレ達と同じだな」
「でも見掛けない顔だね。出身は何処なの?」
 今度は眼鏡の少年の方が俺に訊ねてきた。
「つい3日前、帝都から越して来た所だ」
 そう言って、またもや俺はしまったと思った。一般人に向かって帝都などといって理解出来る筈がない。
「へぇ〜、帝都から来たんだ」
 しかし眼鏡の少年は普通に聞き過ごした。
「帝都からこんな所に来るなんて酔狂なものだぜ。何で秋葉原やコミケ会場に気軽に行ける環境に住んでいるのに、わざわざこんな田舎に来るかね?」
 そう青年が訊ねて来た。帝都という言葉に何の違和感も覚えない少年に、秋葉原やコミケという言葉が平然と出て来る青年。間違いない、この二人は俺と同種の人間である。こんな田舎に来てもヲタクと呼ばれる人種はいるのだと素直に感心する。
「ところで、OVAゲッターはどう思う?」
 相手がヲタクがどうか確かめる為、俺はヲタク的な質問をした。一般人ならゲッターロボさえ知らない所だが……?
「悪くはない。だが、竜馬の声が神谷明じゃないのは納得がいかん」
「悪くはないけど、途中で今川監督が降りたのは残念かな。主題歌は後期の方がカッコイイけど」
 常人では名前さえ知らない声優や監督の名が平然と出て来る。やはりこの二人は生粋のヲタクだ。
「秋元キャラがゲストで出てきたのがその名残なんだろうな。師匠と違ってあっさり敵に意識を奪われたけど」
と、俺は少年に問い返した。
「だがな、見てくれ……。儂の体は一片たりともデビルガンダム細胞には犯されておらん…… (C・V秋元羊介)」
 すると、少年は突然東方不敗の台詞を語り出した。正直声は似ていないが、真似をしようとする心意気は垣間見える。
「分かっていた、分かっていたのにぃぃぃ……」
 それに呼応するかの様に青年がドモンの台詞を語り出した。こちらは声質が似ているのでかなり様になっている。
「美しいな……(C・V秋元羊介)」
「はい、とても美しゅうございます……」
「ならば……(C・V秋元羊介)」
「流派東方不敗は……(C・V秋元羊介)」
「王者の風よ!」
「全新!(C・V秋元羊介)」
「系列ぅ!」
『天破狂乱! 見よっ! 東方は赤く燃えているぅぅぅぅぅ!!』
「し、師匠……? 師匠、師匠、しぃぃぃぃぃしょぉぉぉぉぉおぉぉぉう!!」
 ラーメン屋でノリノリで東方不敗暁に死すを再現する二人。周りから見れば変態にしか見えないだろうが、ノリノリの二人には関係のないことだろう。
「いや、お二人さん。なかなか様になってたぜ」
 一通り台詞を言い終えた所で、俺は軽い感想を語った。
「どうもありがとう。そういえば自己紹介がまだだったね。僕は達矢たつや徳川とくがわ達矢だよ」
「オレは北川潤きたがわじゅんだ。ま、ヲタク同士仲良くしようぜ」
「ああ。俺は相沢祐一だ。よろしくな、お二人さん」
「相沢祐一……」
 俺が名前を語り終えると、達矢が少し黙り込んだ。
「一つ聞いていい? 帝都から来たって言ってたけど、親戚の家とかに泊めてもらってるの?」
 暫く黙り込んだ後、達矢が訊ねて来た。
「ああ。従姉妹の家に世話になっている」
「その従姉妹は同い年の女の子だったりする?」
「なっ、何故、そのことを!?」
 いきなり確信めいた質問をして来たことに俺は驚いた。ニュータイプなのか、この男は……?
「やっぱり。どっかで聞いた名前だと思ったら、君がなゆちゃんの家に引っ越して来た人だね」
「なゆちゃん?」
「名雪ちゃんのことだよ。お隣同士で小さい頃からお互いにちゃん付けで呼んでいたんだよ」
「ということは、お前が”たっちゃん”か」
「うん、そうだよ」
 ならば達矢も俺と同い年ということか。あゆ程ではないが、中学生くらいにしか見えなかった。
 しかし名雪の幼馴染みであるというのには違和感を覚えない。どことなくだが、雰囲気が名雪と似ている。
 いずれにせよ、この二人とは仲良くやっていけそうだ。



「ふ〜、食った、食った」
 名雪の言った通りの安くて美味いラーメンを食し終えた俺は、達矢達と外に出た。
「これから僕達はMADムービー鑑賞会に行くんだけど、良かったら祐一も来る?」
「MADムービー鑑賞会か。面白そうだな、当然行くぜ」
 MADムービーと聞き無関心ではヲタクとは言えない。俺は快く達矢達の誘いに乗った。
 二人に案内されて、俺は駅通りの大型スーパーに足を運んだ。
「遅いぞ、北川!」
「いやあ、すまない斉藤さいとう。ちょっと気が合う奴と話し込んでしまってな」
 大型スーパーの5階に着くと、既に何人かの人だかりができていた。その中の一人、斉藤という男が声を掛けて来た。
「徳川の隣にいる男か?」
「ああ」
「相沢祐一だ。よろしくな」
「俺は斉藤飛鳥あすかだ」
 斉藤と名乗る男は、潤より更に体格の良い男だった。
「人も集まったことだし、始めてくれ副團」
「諒解した」
「副團?」
「オレ達の学校の應援團の副團長だ」
 潤が副團長だと言った男は眼鏡を掛け利己的な顔をした、とても應援團とは思えない男だった。
もし〜も日本が弱ければ〜♪ ロシアがたちまち攻めて来る〜♪ 家は焼け〜♪ 畑はコルホーズ〜♪ 君はシベリア送りだろう〜♪ 日本は〜♪ オォ〜♪ 僕らの国だ〜♪ アカい敵から守り抜くんだ〜♪ カミカゼ! スキヤキ! ゲイシャ! ハラキリ! テンプラ! フジヤマ! 俺達の日の丸が燃えている〜♪ GLOW THE SUN! RISING SUN! 愛國戰隊〜♪ 大日本〜♪
 満を辞して始まったMADムービー上映会。最初の上映は言わずと知れた「愛國戰隊大日本」だった。ソ連が崩壊した今ならともかく、まだ健在だった頃こんな映画を制作するとは、庵野監督は色んな意味で尊敬に値する。
迫る〜アカ〜♪ サヨクの集団〜♪ 皇居に迫〜る黒い影〜♪ 天皇陛下を守っ〜る為〜♪ GO! GO! レッツゴー♪ 輝く単車〜♪ ライダージャンプ! ライダーキック! 神風ライダー♪ 神風ライダー♪ ライダー♪ ライダー♪
 次は「ライダー神風」だった。「愛國戰隊」程ではないが、そこそこ有名な自主制作映画である。どうでもいいが、OPの歌詞の「黒い影」は「アカい影」の方が相応しい気がする。
「さて、ここからはボクが制作したMADムービーだ」
と、意気盛んに語り掛ける副團長。肝心のMADムービーは「勇者王誕生!」に東方不敗の映像を合わせた、なかなか笑えるMADムービーだった。
 その後も副團長が所有しているいくつかのMADムービーを見せられ、存分に笑い通した。



「一体何処に向かってるんだ?」
「付いて来れば分かるよ」
 MADムービー上映会終了後、一行はある店に向かっていた。何処に向かっているか達矢に訊ねてみたら、付いて来れば分かるということだった。
 駅前の大通を右に曲り、狭い路地へと入る。そこは酷く活気のない商店街だった。駅通りもあまり活気がなかったが、こちらはそれ以上である。
 そんな活気のない店が佇む中、一行はあるおもちゃ屋に入った。そこは外見は古びた小さなおもちゃ屋だった。しかし中に入って見て驚いた。そのおもちゃ屋は普通のおもちゃ屋では売っていない懐かしいおもちゃを色々と置いてあった。
「おっ、これはヘッドマスターズのフォートレスマキシマム。よくこんな古い物が残っているな」
 言わずと知れたサイバトロン3代目総司令長官が置いてあった。放映当時人気のあるおもちゃだったが、値段が高く多くの子供は買ってもらえなかった。俺は家がそこそこ裕福だったので何とか買ってもらえた。当時はこれを持っていただけで英雄扱いだったものである。
「他にも普通のチェーン店のおもちゃ屋さんでは売っていない物を取り扱っているんだよ」
「例えば?」
「ホシノ=ルリの等身大スタンドポップとか」
「確かに普通のおもちゃ屋じゃ取り扱っていないな……」
「ちなみに去年のクリスマス買ったんだよ」
 マニアックなグッズの名前が出て来る時点で既にヲタクだが、それを実際に購入するなど見上げた物である。俺は恥ずかしくとても買うことは出来ない。ダメヲタという点では達矢の方が俺より上かもしれない。
「都会じゃあこういう店は珍しくないかもしれないが、田舎じゃ貴重なんだぜ」
 確かに潤のいうように、田舎ではこういう店は珍しいだろう。俺はこっちに来ればアニメやゲーム関係のグッズは気安く買えなくなるだろうと嘆いていたので、こういった店があるのは本当に嬉しい。
「そうそう。この辺りにはアニメイトすらないしね。ましてやとらのあなやメッセンオーなんて夢のまた夢だよ」
 アニメイトはともかく、同人ショップの名前が平然と出てくるとは、流石は達矢である。しかし幼馴染みがこんなにヲタクなのに、名雪が普通なのは残念だ。名雪もアニヲタならもっと気軽に話題が交換出来るというのに。
 そこまで考えて、ふと俺はアニヲタな名雪を想像してみた。
「見て見て祐一〜。カヲル君×シンジ君のヤヲイ同人誌だよ〜」
 嫌過ぎる……。やっぱり下手にヲタク色に染まっているより、今の名雪の方がいいかもしれない。



「じゃあオレ達はここで」
 その後街を軽く散策し、一行は駅で解散した。達矢は潤のバイクで帰るらしい。
「しかし、よくこんな雪道をバイクで来るもんだな」
「そうそう。僕も危ないからってバスで行こうよってジュンに行ったんだけど、『そんなことしたらキングオブハートの名に傷が付く』って言って、無理矢理バイクで行くことになったんだよ」
 どうやら潤は自らキングオブハートと名乗っているようだ。違和感がないから別に構わないが。
「まったく、相変わらずタツは臆病だな。じゃあな、祐一。気が向いたら今度オレのバイクに乗せてやるよ」
「ああ」
「じゃあね、祐一。また後で」
 軽く手を振り、達矢と潤は駅裏に繋がる地下通路へと姿を消して行った。
「さてと、俺はバスで帰るとするか」
 遊び疲れたので俺はバスで帰ろうと、バス停を目指した。
「なっ、なんだってーー!?」
 バス停の時刻表を見て驚いた。一日に走るバスの本数が都会に比べて極端に少ない。時刻表を見る限り、一日3、4本しか走らないようだ。
「げっ、次のバスまで2時間……。なんてこったい……」
 これなら歩いて帰った方が早い。俺は腹を括り、歩いて帰ることにした。



「お帰り、祐一」
 家に帰ると名雪が玄関で出迎えてくれた。
「帰り遅かったね。どこかに寄ってたの?」
「ああ。達矢達と街を散策していた」
 多くの時間はMADムービー上映会に費やされていたのだが、事実を語っても名雪が引くだけなので、その部分は敢えて伏せた。
「ふ〜ん、たっちゃんに会ったんだ。どうだった? 仲良くなれそうだった」
「ああ。いい友達になれそうだ」
「それは良かったよ」
「どうして良いんだ?」
 達矢と仲良くなれそうなことがそれ程までに名雪にとって嬉しいものなのか。そう疑問に思い、名雪に訊ねてみた。
「だって転校したばかりだと友達作るの大変でしょ? だからだよ」
 どうやら名雪は俺に友達が出来たことが嬉しいらしい。余計はお世話だ! と言いたい所だが、その心には素直に感謝しておこう。
 その日は家に帰った後、夕食を取り風呂に入り、疲れを取る為早めに床に就いた。



「ええっと……、HP49600、ST6100、DF3200と……。ダメだ、HPは高いけどSTとDFが低くて使い物にならないや」
 あゆちゃんといっしょに遊ぶって約束した日、ぼくはたいやきを買う前に、お店に行って強いバーコードを探していたんだ。こういう地方のお店には地方にしか売ってない商品があったりして、たまに強いバーコードがあったりするんだ。
「これはHP14200、ST11700、DF9700と……。HPは低いけど他のステータスは高いな。さっきのと合体させればいい感じに強くなるかも」
 でも、単体で強いバーコードが欲しいなと、ぼくは他の商品も見てみることにしたんだ。
「HP27900、ST4400、DF6600……」
「ん?」
 そんな時、ぼくと同じくバーコードを探している男の子がいたんだ。
「ねえ、君も強いバーコード探してるの?」
 その男の子にぼくは声をかけてみたんだ。
「うんそうだけど。君は? 見たことない顔だけど」
「ぼくは相沢祐一。一昨日この街にお母さんと一緒にきたんだ」
「祐一……。そっか、君がなゆちゃんの家に遊びにきたいとこの人だね」
「ぼくのこと知ってるの?」
「うん。だって僕、なゆちゃんのおとなりさんだから」
 なゆちゃんって、名雪のことなんだろうか。あっ、そういえば聞いたことがある、おとなりに同い年の男の子が住んでいるって。
「僕は徳川達矢だよ。良かったらこれからバーコードバトルしない?」
「うん! するする!」
 そこまで言ってぼくは思い出したんだ。あゆちゃんと約束していたことを。
「あっ、ゴメン。遊ぶ約束があるから今日はダメだったんだよ」
「そっか。じゃあ明日か明後日、遊ぼ!」
「うん、いいよ」
 達矢と遊ぶ約束をしてから、ぼくは急いでたいやきを買ってあゆちゃんとの待ち合わせ場所に行ったんだ。



「はあ、はあ、あゆちゃんゴメン、おそくなっちゃって……」
「おそいよ、祐一君」
「ゴメン、ゴメン。お店でバーコード探すの夢中になっちゃって」
「バーコードを探すってなに?」
 そうきょとんとした顔であゆちゃんがたずねてきた。
「うんとね、バーコードバトラーっていうバーコードのデーターを読み取ってたたかうおもちゃがあって、その遊びに使うバーコードを探していたんだ」
「へぇ〜、そんなおもちゃがあるんだ……」
「けっこう有名なんだけど、女の子は知らないか……」
 ま、ぼくの小学校でも女の子がバーコードバトラーで遊んでいるって話は聞いたことがないしね。
「そんなことよりも、はいっ、たいやき。おくれてきたおわびにいくらでも食べていいよ!」
「ありがとう……」
 あゆちゃんに袋ごとたいやきをわたして、その中からぼくも一つだけ手にとって口にしたんだ。
「昨日はこしあんだったけど、今日はつぶあんだよ。味の方はどう?」
「おいしい……」
「だろっ」



「ねえ、祐一君……」
「何、あゆちゃん?」
 たいやきを食べ終わったら、あゆちゃんがぼくに何かきこうとしたんだ。
「祐一君は、お母さんのこと好き?」
 そうきかれて、ぼくは少し考えた。
「う〜ん、たまにおこったりして恐いけど……、うん、好きだよ!」
「そっか……」
「どうしてそんなこと聞くの?」
 なんでお母さんのこと聞くのかな? 不思議に思ってぼくはあゆちゃんにたずねてみたんだ。
「お母さんがね、いなくなったんだ。ボク一人だけおいて、お父さんの所へいっちゃったんだ……」
「お母さんがいなくなった?」
 一体どういう意味なんだろう……? お父さんの所へ行ったって言ってたけど、あゆちゃんだけ置いてお父さんが住んでいる所に行ったてことなのかな?
 よく分からない。けど一つだけ分かったことがあったんだ。それは昨日あゆちゃんが泣いていたのは、お母さんがいなくなったからってこと。あゆちゃんに直接聞いたわけじゃないけど、なんとなくそんな気がしたんだ。
「そっか。やっぱりさびしい?」
 もし自分のお母さんがいなくなったら? ぼくのお母さんは恐いところもあるしきびしいところもあるけど、それでもいなくなっちゃったらとってもさびしいと思う。だからあゆちゃんもさびしんだと思う。
「うん……。でもね、お母さんがいなくなる前いってた。ボクがさびしくなくなるまでボクを見守ってくれるって。だからね、さびしいけど、さびしくないんだよ……」
 さびしいけど、さびしくない。ぼくにはあゆちゃんの言ってることがぜんぜん分からなかった。
「そう、お母さんはボクを見守りつづけてくれる……。”約束の地”に眠っているお父さんといっしょに……」


…第五話完

※後書き

 改訂版第五話です。改訂版の四話書いてから実に二年余りが経過していますね(苦笑)。
 さて、今回から改訂版のオリジナルキャラ、徳川達矢が登場します。このキャラ、早い話作者の分身みたいなものです(笑)。このキャラが出て来ることによる作品への影響は、まず北川の台詞数が少なくなることが挙げられます(笑)。まあ、達矢は應援團ではないという設定なので、應援團関係の話では従来通り活躍するでしょう。
 また、今回出て来た「斉藤」ですが、基本的には「はちみつくまさん」のゲームに出て来る斉藤と同一人物だと思って下さい。下の名前があるのは、「Kanon傳」の名残です。何気に「斎藤」というキャラが「Kanon傳」に出ていたので。

第六話へ


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